「男の幸せは『われ欲す』、女の幸せは『彼欲す』ということである」(フリードリヒ・ニーチェ)
今さらこんなことを言っても仕方ないのだが、西宮市の美佐子を想い出すたびに、胸がきゅんとなる。
彼女とは出会い系で知り合った。
「恋がしたい」
プロフィールはそうに書いてあった。
目が大きくて、顔が小さい。
胸も豊かで、脚も長そう。いわゆるバランスのとれた美人だ。
この子をセフレにできないか、とすぐに思った。
俺、長いこと女性にふれておらす、欲求不満がたまってたんだ。
毎日のようにセックスさせてくれる女性に出会いたい。
狂ったようにセックスしてみたい。
会ってみると、態度が曖昧で、何がしたいのかよくわからない女だった。
デートではそっと腕を組んだり、体を寄せてきたり、
男の体を欲しがっている風ではある。
でも、
「ああ、恋がしたいわ。王子様が迎えにこないかなあ」
なんて女子中学生みたいなことを言ってため息をついたりする。
そのどっちつかずの態度にそそられる。
曖昧ではっきりとした意思がないだけに、今夜のうちに落とせるかもしれないと思った。
彼女の女心を利用してうまく立ち回れば、セフレにできるかもしれない。
武者震いのように、腹の底からムラムラした征服意欲がわき起こる。
「ねえ、私と恋しない?」
唇の縦皺がセクシャルだ。
「OK、恋をしよう。今すぐ激しい恋をしよう」
今すぐ激しい恋をしようなんて、それこそ曖昧で意味不明な言葉だ。
でも美佐子は納得したようにえくぼを光らせた。
だいたい知り合ったその日に恋なんてできるはずがない。
男は普通そう思う。
女はそう思わないのだろうか。
女は疑似恋愛が得意なのだろうか。
俺の頭の中にはセックスのことしかないのに。
なかば強引にホテルに連れ込む。
「ちょっと・・・なんでこんなことになるわけ」
少し抵抗気味だったけど、容赦しなかった。
ベッドに押し倒して即セックス。
「これってレイプじゃない?・・・ひどいいいいい」
「俺流の恋だ」
女体にむかって無我夢中。
俺には女の肉体しか見えていない。
局部が湿ると同時に強引にねじこむ。
「あぁ!イ、イヤ・・・アァァッ!」
早く奪ってしまいたい。一刻も早く射精して目的を果たしたい。
男には、そういった即物的なところがある。
これはオスの習性かもしれない。他のオスが来る前に精子を入れてしまいたい。
擬似恋愛なんて阿呆らしくてやってられるか。
男と女なんて、ベッドに入ればしょせんは身体だけの関係なんだ。
特に俺はそう。
美佐子はしょせん欲求不満のはけ口にすぎない。
でも美佐子は強引なだけの男のセックスを受け入れながらも、どこか女としての歓びを見つけだそうとしていた。
恋人気分でようとしていた。
―そんなに恋がしたいのか―
射精したら何となく面倒くさくなった。
不意に今日限りにしようと思った。恋人が欲しけりゃ、他を探せばいい。
俺は恋など望んではいない。
「セフレになってたくさんセックスしようね!」
と明るく言ってくれる女性のほうがわかりやすい。
今日で別れようと言うと、しばらくうつむいていたけど、笑顔を作って「うん。わかった」と言った。
駅の改札付近で、美佐子は俺の髪の毛に手をやった。
「髪が乱れてるよ。こうしないと変」
乱れて固着した髪を元にもどしてくれた。
「もうすぐ寒くなるから、風邪ひかないでね」
美佐子はそのまま改札を抜けて構内に入った。
縞模様のカーディガンが人波にまぎれ、やがて見えなくなる。
面倒くさいものが消えたと思う反面、とても大切なものを喪った感覚が残った。
俺はまだ22歳。
セックスは何度もしてきたが、恋をしたことはない。
恋とは何だろう、と考えた。
美佐子のことを想うと胸がきゅんとする。
もしかしたら、これが恋なのかもしれない。